奈良時代天平年間(729年 – 749年)に聖武天皇の勅願により、行基によって草創されたと伝えられているが、天正に長曽我部氏に焼かれ、その後再建されたが明治時代の出火でまた焼失した。現在の本堂は明治41年(1908)に建立された。

弘法大師の求めに応じ娘が布を差し出した。弘法大師が娘の願いにより灌頂を授けたところ、娘は千手観音の姿になったという。 第一番から回ると、初めておとずれる急な参道。山麓から中腹の本堂まで約800M、仁王門からは三百三十段の石段になり、登りつめたところが本堂がある。
疲れていたため、写真を撮り忘れてしまいました。